炭坑記録画の数々
水彩の全ジャンル

マイト孔刳りと込め方
昭和39~42年頃

昭和 マイト孔具里(アナクリ)登(ト) 古免可多(コメカタ)。  爆薬(ダイ) 導火線(ミチビ) 雷管(ピス)
オウガノミが登場したのは日鉄稲築坑で昭和十二年であった。それまでは採炭にもサクガンキを使うていたので不便であった 小ヤマは数年遅れていた 手ぐり炭孔は先が平たいラッパ形を使うていた。オーガによるスミアナも一㍍以上くって十箇余り一緒に発破する。これはバクヤク2本 ピス一ヶ ミチビ 大ヤマは電線(キ)。貢岩質で固い処はバクヤク(ダイナマイト)を五本以上入れる事もある。その時はピスを2ケ使う 最后の導火線付に尻と尻を合せて操填する。マイトを操填し終って后の空隙に詰めるのは土ダンゴが最適だが小ヤマにはそんな準備はない よってあり合せのボタや炭の粉を詰める 法則としてスミの粉や藁縄など使用禁だが何か詰ぬ事にはマイトの効果が少いから拾い集めて充填する。それを押こむのも木又は竹を使用ときめてあったが守る者は稀でおっとり早いキュウレンくり粉掻出し 耳かき金具で押こむのであった。
稲築坑は坑口近くに女人夫が三名位おって充填土団子(径25㍉長八㌢)を慥こしだえていた 二ヶ続きの真鍮セイ ケース型に捻土をつめトコロテンの様に押出していた 十ヶ一厘であった それを函で坑内にさげていた。マイトがキカヌ 効果のないときは(ハス)ハチうったと言う。現今はコワモノでもオーガを使用しておるヤマが多い

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