炭坑記録画の数々
坑内労働(採炭)

鑿岩機
昭和40年5月
大正 サクガンキ 穿岩機(当時エヤーゴムパイプは側に半円鉄線が巻いてあった。)
大手ヤマには大正の初めに使用していたと云うが中小ヤマでは知る人もすくなかった。何分、坑口に圧風機コンプレッシヤを据え、坑内作業所(各所)に鉄管で送風するから莫大な設備ヒがいる。貧乏坑主のできる事ではない。しかし能率はあがる。(鋼鉄)ノミは/吋26㍉
六角中央に6㍉の孔がある その孔からクリ粉がエヤーで吹出すから炭塵、岩煙が多量に渦巻く。使用中はマスクを嵌める事になっておるがイキ苦しいのではめるのを嫌う。(キカイを使う人は夜眠中でも筋肉がビクビクうごく)
豪傑なれば一人でも使へぬ事もないが二人の方が安全でもあり作業もはかどる。昭和の初頃 台の上にのせて使用する新案特許品が出たと噂さがあったが余り流行しなかった。それはアナクリは上中下左右(何十ヶ所)と短時間で段取に面倒臭いからヤメたと思う。
裸作業は昭和七、八年頃までで其後地下熱30度でも着衣キヤハン手袋になった。日鉄稲築鉱、ゴム底地下足袋は大正五、六年頃より
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