炭坑記録画の数々
墨絵

本坑坑内の出水湧水
昭和33~38年頃

本坑々内の出水湧水

 水と睨みっこの末田磯吉鉱長(明治九年生れの老齢なれど壮者を凌ぐ剛健さ)毎日十時間以上の坐禅、ダルマさんも顔まけー。よーくも頑張られた事よ、誰でも感心せぬものはなかった。平素でも黎明を待たず入坑し、詰処に立寄らず各処を巡視して欠点部の発見に努められ、仕事熱心のナンバーワンで部下係員の尊敬も厚かった。
 此の絵は昭和十六年一月上旬、本坑左三巻卸しである。(十六日より採炭始め)抑も十五年七月に水没し、十一月中旬排水完成(川崎久原坑ヨリポンプ借用ス)、採炭開始の処、十二月三十日右二片四昇より出水、又、巻卸が水没す(出水五〇リッポウ)。水から水の明暮れで頭を悩める係員。一つは電気動力線を近傍の各ヤマと共同線であったので意外の長時間停電が多く排水作業のアイロにもなっていた。
 梅雨や秋の台風期以外でも、五尺層の炭座盤から突然多量の湧水があった。其他断層ぎわのバレから出る事もあり、卸部だけ水没数回、トニカク出水にはノイローゼになりがちであった。
 蛇足 坑長に就て
 昭和十五年十一月中旬、ヤマの権威者荒木茂氏が、新坑コト二坑の坑長として入職された(四九歳)。二坑内右部採掘ニ積極的(右二片をエンドレス路など)施設をされたが中折、十六年八月下旬一身上の都合で退職された。 世はあげて資材欠乏時代で意の如く作業が好転せぬのも一因あったとも思われるのー。

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