炭坑記録画の数々
墨絵

昔のヤマ人6(瓦斯爆発)
昭和33~38年頃

昔のヤマ人 瓦斯爆発

 方言、ガスケ。ガスに関する予防法の智識は全然ゼロであったので、朝入坑するやスグ昇切羽の切詰、天井ぎわにカンテラを差出し、前夜から籠りしメタンガスにやられていた。当時は単丁切羽であるから先山だけの犠牲者であって、后は爆風によって全入坑者のカンテラの火を消す程度であった。勿論ガス検定器などもなく、小頭でもガスの危険性を知っている位であったらしい(空気より軽イ気体ヲ)。昔は切羽を一番方二番方共同でなく個人個人にきめていたので ガスの籠りも多かったわけ。
 大正時代以来の様な全坑を潰す炭塵ガスの爆発火災はなかったが、時々一、二名の火傷者を出していた。ガスはばくはつすると全面火となり猛烈な勢いで噴出し、又一回その火焔が戻ってくると云い、火は上部程強く下盤は四、五寸空気であると話していた。外傷もさる事乍ら内部に火を吸いこんでおれば命危しとの事。裸作業のゲザイニンよく焼ける。
 明治三十二年頃、K坑三尺及び尺無切羽のガス災害事故。

<<前の記録画  次の記録画>>

<<前の10件 291292293294|295|296297298299300| 次の10件>>

295/306