炭坑記録画の数々
墨絵

ヤマの米騒動とその後(16)
昭和33~38年頃

ヤマの米騒動と其後

 波涛は全く鎮静、後は未曾有の石炭ブーム、何れのヤマもエビス顔、笑いはとまらぬ時代となった。(コーシ=坑主も事業主、労働者、コーフ=坑夫も)
 大正七年秋頃から八年が峠で九年には些か落目になった。
 蛇足
 筑豊のヤマは当時でも数十あったが、騒いだ処は屈指の数で全山がどよめいておらず、之は何を意味するのか。ヤマの責任者の罪か、又坑夫の奢罪かのー。
 買出しも豪華、石炭かー、金塊かー、これが本統の黒ダイヤ。
 硬貨だけは布袋に入れておかねば便利が悪い。

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