炭坑記録画の数々
墨絵

ヤマの米騒動とその後(17)(山内坑)
昭和33~38年頃
ヤマの米騒動と其後 山内坑
貯金をせぬ事を誇る川筋のヤマ人は、飲む喰う着るのに大童。永い浮世に短けー命、ウント呑んで食うておけば死んでも色目がよいと云うが癖。余程変人でない限り溜金する者はおらない様であった。
折から(七年冬頃)スペインカゼと言うインフルエンザ悪性感冒が世界的に流行し、密集住宅のヤマには猖獗をきわめ、多くの人の命を奪うたセイもあろうー。
左の男はヤマで評判高い豪傑で、仕事も二人前平気でするが酒豪でもあった。大正八年春の頃、酒と心中して冥土に行った。なんと四斗樽を七日間で呑み干し、八日目に死んだ。呑死した阿部某は三十七歳位の精悼な男であった。
命がけで鱈腹のみ、本人は満足して冥土に走ったのであろう。当時、四斗でナミ四十円、上酒で四十八円。
<<前の10件 251|252|253|254|255|256|257|258|259|260| 次の10件>>
260/306
