炭坑記録画の数々
墨絵

昔のヤマ人18(流行歌)
昭和33~38年頃

昔のヤマ 流行歌 キンポ節

 日清戦争講和談判異変、明治廿八年三月廿四日の事乍ら丗六年頃までヤマ人の歌う声々。
 處はバカンの春帆楼、支那の大将が上陸す。そのとき書生が現われて隠し持たるピストルで、大将めがけて撃ち放す。その弾左の目のしたに、あたりて馬関が大騒動、あまの憲兵抜け目なく直ちに書生を捕縛して、キサマは余っ程馬鹿なやつ。そこで書生が言う事に、(以下サノサ節)
 ~射った僕輩がネー、馬鹿なればー、うたーれたァー、大将はーホントニ、李鴻章ー。
 小山六之助と云う書生が愛国心に燃えすぎて、講和会議に来た敵将を狙撃した。その精神は不愍な点もあったが、狭量な島国根性を発揮したと外人には誹謗され、政府は謝罪するやら談判も日本に不利になったと云う。

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