炭坑記録画の数々
墨絵

昔のヤマ人(17)(のぞき10 常陸丸の最期)
昭和33~38年頃

常陸(ひたち)丸の最期、明治丗七年六月十五日 朝露の中輸送船は門司港出発 あろう事が(か)近海の六連島沖で三隻からなる浦塩(テキ)艦隊に遭遇す
二番船報国丸は引かえしたが、先頭の常陸丸は猫の前の鼡の如き破目に落ち入った。
武器(炮)なきダルマの如し停船を命ぜられ直ちに砲撃。ここに於て丗分間の余融を要求し非戦闘員の下船を約せしも五分も立たぬ内に発砲せり
あーあ熊本六師団大久保中将の揮下精鋭六百名待望の戦地も踏まず(須智聯隊長)始め無念の涙と共に玄海の藻屑と消えた。軍旗を焼却して割腹或いは、さしちがえて死すやら悲惨であった、と云う。
戦争とは言い乍らこれほど国民に憤怒の念をきざみこんだ
衝撃はなかった。恰も赤ん坊の手を捻るが如きなぶり殺しと同じであったからである。

露艦3隻
ロシヤ号
クロムボイ〃
リウリック〃

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