炭坑記録画の数々
墨絵

昔のヤマ人1(青年団)
昭和33~38年頃
昔のヤマ入
明治四十一年頃、村には若手組があった。ヤマはその若いもん組(名称)を追放し、青年団が誕生した。A系上三緒炭坑である。当時取締(人事係長)の帆足氏が後見で約百名、団名は(実践会)と名称していた。
此頃よりヤマの若人達の行動も自然に善良化されつつあったのである。しかし、ヤマの人たちはそれぞれ職業が異い、勤務時間もマチマチで、たまさかの休業日の会合でも全員集合は不可能であった。
それは、夜の作業者は出席できないやら、従って移動坑夫も多いから、ヤマの青年組は永続せず自然消滅する弱点があった。
夏は浴衣、冬は紺色のアツシと云う上はり衣を着ており、提灯は当時青年会のレッテルになっていた。馬のり提灯も幹部級に二、三あった。
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