炭坑記録画の数々
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昔のヤマ4(キセル煙草、キセルの竿替え=ラガエ)
昭和33~38年頃

昔のヤマ

 明治丗七年八月に官制になり専売局と名称し、多種のタバコが登場した。巻タバコは敷島十銭、朝日八銭、山櫻、大和(後には高級国華)などカメリヤ、ゴールデンバット五銭、ほまれ軍隊等あったが、当時のヤマ人始め大衆はニコチン中毒を恐れ、キザミが旺盛であった。よってキセルや莨入に金をかけ自慢するのが愛煙家の癖であった。
 当時の流行歌ラッパ節にも、~官制煙草は福寿草、白梅(十銭)、サツキ(八銭)にアヤメ(五銭)にハギ(四銭)、モミヂ(三銭)、金のないときゃナデシコを、五匁目弐銭(ノチ三銭)で買うておけー、トッコトットッコトー。フヨウも後に出た。以前ハ国分や天狗莨が主であった。
 大正の初め頃上三緒炭坑を毎日さまようキセルの竿替(ラガエ)のおやじがおった。そのおっさんはマンガラおやじとヤマ人は呼んでいた。それは当時の流行歌、
 ~ハイカラ、ハイカラと名はよいけれど、頭のまんなかにサザエのつぼやき、ナンテマンガインデショー。
 此の下句を口癖に何時も笑顔で唄うているからであった(まんがらがよかろーと)。
 ~ハイカラ、ハイカラと名はよいけれど、頭の真ん中に溝があーるー、ナンテマンガインデショウ。

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