炭坑記録画の数々
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戦時中の奉公炭(昭和18年6月24日 昇坑の時1kg以上の石炭を拾って上がる)
昭和33~38年頃

奉公炭
昭和十八年六月二十四日、奉公炭の登場。入坑者は差別なく昇坑の際、必ず一キロ以上の石炭を拾うて持あがる発令が出た(福岡鉱山監督省から)。これは愛国心昂揚のためであろう。
 処が位登炭坑には不適当であった。それは総払切羽の様に滾(こぼ)れ炭など一塊もないからである。それでも持ってあがらねば日本人でない様に思われるので、いろいろ工面してあげていた。
 切羽では余裕炭がないから保安炭柱の耳欠(ウワメ)ぎをするやら、狡猾な人は函積の塊炭を引抜いてあがる人もあった。従って坑内はあれるし、坑夫もヘトヘトに労れし体にあがり土産は無駄骨折の観があった。如何に日本精神涵養のためとはいえ、矛盾の極でもあった。
 奉公炭は軍用ヒコーキになるのであって、炭坑報国号かヤマの愛国号になり、献納が目的との事であった。
 この男はワザワザ大塊炭を拵えて自慢げに汗だくだくで担ぎあげておる。こんな愛国心ナンバーワンも何人かおった。

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