▲霊水は天狗の神通力によるものだといわれていました
明治36(1903)年初夏のころ、古処山の南麓朝倉郡秋月(現朝倉市秋月)を流れる湧水が難病に効く霊水であるという噂が筑豊の炭坑や北九州方面で大評判になったことがありあました。
この霊水は秋月に現れた豊前坊天狗の神通力によるものだということでした。
霊水を口にすると今まで足の立たなかった人が歩いて帰ることができただとか、目の見えなかった人が杖を捨てて帰った、声の出なかった人が歌を歌いながら帰ったなどという噂に、炭坑の人たちも我先にその救いの神のご加護にあやかろうと先を争って出向いていました。交通機関などなかった時代のことですから、朝早くから老若男女にかかわらず、霊水を入れる竹筒を手にワラジ履きという出立ちで、難所の八丁峠を青息吐息で越えていました。
この秋月詣でのおかげで道中の茶店はトコロテンを食べるお客さんでいっぱいだったということです。霊水の湧く谷間へ到着すると5銭、10銭、20銭というお金を供えていました。ちなみに当時の一般的なお賽銭(さいせん)は5厘でした。
▲当時の霊水騒ぎは天狗を利用した賽銭目当ての犯行でした
「一つとせ〜人も知ったる筑前の〜朝倉郡の秋月に〜豊前坊天狗が現れた 二つとせ〜不思議に良く効く神の水〜どんな難病もすぐなおる〜その霊験のありがたや」などという数え歌や当時流行していたノゾキにまで登場していました。
しばらくして、異常に加熱するこの秋月の霊水騒ぎに警察が介入することになり、水質の検査がなされました。その調査の結果、霊水霊水ともてはやされた水は、単に酒樽を使用して砂漉(こ)しをしただけのもので、竹で作った樋をつたって流れてくるだけの水ということでした。
しかも、一度沸騰させてから飲まなければ、体に悪いというおまけまでついていました。普通の水より水質が悪かったわけです。こうして一連の霊水騒ぎは、天狗を利用した賽銭目当ての犯行であったということが判明したのです。
健常者に戻ったという人達はサクラ、まさに人の弱みに付け込んだ詐欺事件でした。この被害にあった人は、筑豊・北九州の人々ばかりではなく、福岡県下に及んだといいます。